2018年01月22日

あの24日間は何だったのか - 僕が福岡市長選に挑戦した理由 4

タイトルは盛り過ぎました。僕が挑戦したわけではありません。
僕がかつて NR JAPAN で活動していた頃の仲間が福岡市長選に挑戦すると言うことで、
その選挙運動員として福岡市長選に挑戦したという意味です。2010年11月のことです。

このエッセイを著すことで向かおうとしている方向性について初めの段階でお知らせ
しておかなければならないことを書こうと思います。僕の考えの中ではあの24日間の
選挙戦を通して訴えた内容は否定されたということです。もちろん、得票数最下位で
敗退したことが公式的に語られる歴史であることは疑いようもありません。

僕にとって何よりも重要なことは、あの24日間の選挙戦に参加した結果として、当時
好きで大切に思っていた人が僕の手の届かないところへ行ってしまったことなのです。

好きで大切に思っていたことが、実際は一方的な片想いで明確な結果が出ただけなの
かもしれません。しかしながら、あの24日間の選挙戦に参加して訴えた内容が、当時
好きで大切に思っていた人の心に響いていたら結果は違っていたのかもしれません。

得票数最下位で当選できなかった結果であり、当時好きで大切に思っていた人が僕の
手の届かない所へ行ってしまった結果でもあり、二重の意味で失敗は明らかでした。

あの24日間の選挙戦は前身組織も含めて14年間活動を続けてきた NR JAPAN にとって
デビュー戦と言える戦いでした。民間企業で活動してきた者が公職に就くにあたって
備えていなければならない条件等、付け焼き刃でした。何もかもが突貫工事でした。

当時、福岡市ではある人工島が塩漬けとなっており、活用方法が問題でした。
そこに NR JAPAN が提供できるコンテンツを惜しみなく投入し、人工島の活用を
目玉事業として福岡市全体を活性化していくという STORY が大まかな流れでした。

人工島の活用方法が問題で塩漬けとなっている
事例は、東京都や大阪府でも見受けられます。

人工島の活用で唯一成功していると言えるのは神戸市の事例くらいでしょう。
しかしながら、神戸市の事例は開発可能な平地が極端に少ないことと
都市の求心力が高いことなどの条件が揃った極めて特殊な事例です。
東京都や大阪府はもとより福岡市でさえ神戸市の真似ができるとは思いません。

従いまして、これからあの24日間の選挙戦を通して訴えた
内容を再び訴えることをしようなどとは思っておりません。(続く)

 
posted by miraclestar at 06:00 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする