2019年12月14日

中村哲医師は何故暗殺されたのか

先日、12月4日に、アフガニスタンで復興活動に身を投じてい
たと言う、中村哲医師が、何者かに襲撃され、死亡しました。
一体、何があったのでしょうか。

邦人医師 銃撃され死亡
(中略)4日午前、現地で農業支援などの活動をしていた日本人医師、中村哲さん(73)の乗る車が武装勢力に銃撃された。(中略)その後死亡が確認された。(中略)犯行声明は出ていないがイスラム原理主義勢力タリバンは関与を否定する声明を発表。(中略)「復興分野で活動するNGOは標的ではない」と主張した。(中略)中村さんが襲撃された(中略)州では近年、ISが台頭。米軍と政府軍が掃討作戦を展開しており、(中略)11月だけでISからの投降者は千人を超えたとも報道されたが、勢力根絶には至っていない。2001年の米中枢同時テロを受けた米英軍による空爆開始以降、内戦状態が続き治安が悪化するアフガンだが、近年は国際機関や海外の支援団体が標的となる攻撃が目立つ。(後略)

〈産経新聞 12月5日 朝刊 1面〉

登場勢力を、まとめましょう。まず米国。次にアフガン政府、
タリバン、IS、そして、NGOと国連でしょう。アフガン政府は、
タリバンが政権を握っていたアフガニスタンを攻撃して崩壊
させた後につくられた、“言う事を聞く”政府の事です。

国際社会の一員として、認められた政府が、秘密裏に暗殺を
実行し、関与を否定する事は良くある事です。しかしながら、
テロ攻撃等の実力行使を主な活動手段とする勢力が、秘密裏
に暗殺を実行し、関与を否定する事はあり得ない事です。何
故なら秘密裏に暗殺を実行し、犯行声明を出す事や知らぬ振
りを決め込んで何も語らない事はあったとしても、わざわざ
関与を否定する声明を出す必要性は、どこにも無いからです。

(前略)銃撃がいったん収まると中村さんは頭を上げた。これに男が気づいて「日本人がまだ生きているぞ」と叫ぶと、自動小銃を持った別の男がフロントガラス越しに3発、中村さんを撃った。男たちは大声で「死んだか?」「全員死んだ」と確認し、(中略)逃走。1分ほどのできごとだったという。(後略)
〈朝日新聞 12月6日 朝刊 34面〉

(前略)目撃者の男性は、男の一人から「こちらに来るな」と怒鳴りつけられ、レストランに逃げ込んだ。(後略)
〈東京新聞 12月6日 朝刊 2面〉

目撃証言から実行犯に関する重大な事実が浮かび上がります。
まず目撃証言がある事自体、特異な事件である事に気付かな
ければなりません。良く耳にする襲撃事件において、実行犯
が使用する犯行手段とは、無差別に、大量に、人を殺傷する
手段であり、実行犯の間近で犯行を目撃した者が、生存して
いる事は、稀(まれ)なのです。実行犯の発言から、少なく
とも、日本人が含まれる一行を狙い、確実に殺害する任務が
科せられていた事がうかがえます。そして、日本人が中村哲
さんである事を踏まえた犯行である事は間違いないでしょう。
何故なら、顔を見ただけで日本人であるかどうか、は分から
ないからです。恐らく実行犯は、犯行にあたって「必ず殺害
する対象」として、中村哲さんの顔写真を見せられていたの
ではないかと想像します。

――◇◆◇――

産経新聞やフジテレビを含むフジサンケイグループは、読売
新聞や日本テレビと並んで、国民に“サーカス”をバラまく
記事や番組を特に一生懸命になって制作し、既得権益の固持
に資する活動を行う工作員が多数在籍し、広報機関としての
役割を良く果たす事が多い一方で、工作機関が危険を冒して
まで隠蔽したかった事実を、無邪気に報道してしまう、等の
“オウンゴール”をする事もあり、一体どちら側の人間なの
か、分からなくなる場合がたまにあります。

第一報となった翌日の新聞から報道を振り返ってみましょう。

(前略)中村さんは福岡県出身。1984年にアフガンとの国境付近にあるパキスタンのペシャワルの病院にハンセン病の医師として赴任した。同国やアフガンで医療支援活動を続けてきた。2000年からはアフガンで発生した大干ばつ対策のため井戸掘りなどの事業を始めた。03年からは同国東部で用水路の建設も始め、これまで約1万6500ヘクタールの土地に水を供給した。(後略)
〈日経新聞 12月5日 朝刊 39面〉

(前略)支援活動のかたわら、現地の状況や自身の思いを国内の講演などで伝えてきた。「まずは人を生かす」「小さな英雄になって」。信念に裏打ちされた言葉の数々に触れた関係者は、悲しみに打ちひしがれながらも「意志を受け継ぐ」と改めて誓った。(中略)不衛生な水によって乳幼児の死亡率は高く、中村さんは「治療の前に水と食料が必要だ」と話していた。「とにかく井戸を掘れ。お金はなんとかする」。力強い言葉に背中を押され、(ペシャワール会)は次々とアフガンに井戸と用水路を建設していった。「病気は後で治す。まずは人を生かす事を考えよう」と言っていた(中略)。(後略)
〈日経新聞 12月6日 朝刊 43面〉

真相が見えない暗中模索の中、焦点が定まらない報道を糾弾
するつもりは、ありませんが、これを読んだ読者は、「良く
分からない」で終わるのが関の山ではないでしょうか。NHKや
民放各社の報道を見ても、同じような状況が続いていました。
この状況を打ち破ったのがフジテレビのある番組がつくった、
中村哲さんの紹介映像だったのではないかと思います。

――◇◆◇――

中曽根康弘元首相が大往生し、マスコミは称賛記事であふれているが、私(=筆者:ジャーナリスト 高野孟)に言わせれば、戦後最大の疑獄=ロッキード事件の主犯は中曽根で、その罪をうまく田中角栄になすりつけて自分は生き残った厚顔ぶりを指摘しないのはおかしい。佐藤内閣の防衛庁長官だった中曽根は、次期対潜哨戒機を国産開発する方向を打ち出していた。そこで米ロッキード社は彼の師匠筋にあたる右翼の大物=児玉誉士夫を秘密代理人として二十数億円もの工作資金を与え、国産化方針を覆して同社のP3Cを100機売り込むことに成功した。ところが、この事件が米議会で明るみに出た1976年2月は、すでに田中角栄が「金権」批判を浴びて退陣し、「クリーン」が売り物の三木武夫内閣の時代で、その幹事長は中曽根だった。これをP3C疑獄として捜査を進めると中曽根逮捕は必至で、せっかくの「クリーン」政権が崩壊し、またすでに輸入が始まっていたP3Cの調達も中断されて(中略)重大問題が生じると検察は見た。そこでこれを、(中略)超大物=田中の逮捕を華々しく演出して世論を欺き幕引きを図ることで、検察首脳が三木と談合したのである。(中略)田中らの裁判の進行とともに、検察プロットの不条理や無理やりの取り調べの実態が次々に明らかとなり、それとの関連で児玉誉士夫はじめ関係者の怪死が相次ぐなど、三木と検察の陰謀は破綻寸前に至るが、83年に田中の第1審有罪判決、87年控訴棄却、93年の田中の死による審理打ち切りで、真相は闇の底に消えた。(後略)
〈日刊ゲンダイ 12月5日(12月4日 夕刊) 5面〉

当時の事を知る“生き証人”による貴重な証言だと思います。
陰謀を妄想と否定する人はいるかも知れませんが、「米議会
で明るみに出た」「事件」と、「関係者の怪死」については、
根拠となる元記事が存在しているはずで、元記事にあたれば
事実確認が出来る内容であり、例え、陰謀の部分が嘘や思い
違いだったとしても、確度の高い情報が含まれているのでは
ないかと思います。

日本の現状こそ、アフガニスタンの未来だ、と言う事です。

先日12月8日は、日本がハワイで真珠湾攻撃を実行して、米国
と開戦した日だそうです。その日の深夜には、普段はあまり
ドキュメンタリー番組をつくらない日本テレビが、BC級戦犯
として裁かれた者の証言を特集した番組を放送していました。

日本と周辺国との間には常に争いがあふれており、毎年もの
すごい額の鉄くずを米国から買っています。アフガニスタン
でも鉄くずの需要が途絶える事は無いでしょう。その必要性
は日本よりもはるかに分かりやすく、簡単に理解させる事が
出来るのではないかと思います。

――◆◇◆――

フジテレビのある番組がつくった中村哲さんの紹介映像がど
う言うものだったのか、皆様にお見せする事は出来ませんが、
次に引用する記事と大きく異なるものではないと言えるかも
知れません。

死の砂漠が緑に
「水路が広がるごとに田園が広がり、廃村が復活する。魔法のような光景だ。一木一草生えなかった荒野は、小麦の緑と菜の花の黄色で鮮やかに覆われている」(中略)2010年、用水路の建設で緑の大地に生まれ変わった姿をリポートした中村さんの言葉だ。(中略)現在、PMS(ペシャワール会の現地団体)が手掛けた灌漑地は1万6500ヘクタールまで広がり、六十万人の難民が帰農した。取水堰の工法は、(中略)日本の伝統工法がモデルだ。(中略)17年末、現地の技術者らに工法を教える訓練所もできた。協力した(中略)徳永哲也さん(72)は言う。「中村先生が求めたのは住民自身の手で維持可能な技術。壊れても現地で造り直せば良いと言っていた(中略)」(中略)

自衛隊派遣は有害無益
自衛隊の米軍支援を可能にするテロ特措法が議論された01年10月、衆院テロ対策特別委員会に参考人として出席。「(派遣される)自衛隊は侵略軍と受け取られ、対日感情は一挙に悪化する」「自衛隊派遣は有害無益。飢餓解消こそ最大問題」と述べた。議場にはやじが飛び、発言の取り消しまで求められた。(中略)患者を救うため、井戸を掘る。砂漠に水を引き、農地に変える。それが平和につながる―。中村さんの言葉や行動は、シンプルで胸に響く。(後略)

〈東京新聞 12月6日 朝刊 24・25面〉

アフガニスタンよりも前に戦争を始めたイラクでは、空爆で
破壊された街の復興と同時に、資本主義と民主主義の建設も
行われました。現地にあった仕組みは無かった事にして都合
の良い仕組みを押し付けたのです。もちろん、その様にして
つくられた資本主義も民主主義も、形だけの茶番である事は、
先を行く日本の状況を知る皆様であれば良くご存知でしょう。

和平交渉を始めるにあたってどうしても消しておきたかった
のでしょうか。中村哲さんの、生き方、言葉、行動、業績は
不都合の塊だったのです。

――◆◇◆――

ここに来て、いま国民民主党が、注目を集めています。国民
民主党がどう動くかによって、近未来の勢力図が決まるから
です。“キャスティングボート”を握っているのです。

何がしたいの 国民民主党
(中略)左派色の濃い立憲民主党との差別化を目指してきたはずのこの党をめぐっては10月、こんなことがあった。玉木氏に目をかけてきた亀井静香元金融担当相がBS-TBS番組で、今年夏頃に同党と自民党の大連立構想が持ち上がっていたことを暴露したのだった。(中略)実は筆者も今年8月、玉木氏には、左傾化した立憲民主党とは手を切り、自民党と連立を組んだうえで憲法改正にも協力する考えがあるとの情報を得ていた。(中略)それが、あれよあれよという間に立憲民主党と衆参で統一会派を結成し、国民民主党としての独自色を失い、党内では立民との合流を求める突き上げが始まって分裂含みの展開となっているのが現状である。(後略)

〈産経新聞 12月5日 朝刊 5面〉

全く私見ですが、国民民主党は「脱自由貿易社会」へ向けた
構想を打ち出していけば良いのではないか
、と思っています。

思うに、この国の政治が停滞に直面している要因のひとつは
保守派の人間が受け入れる事が出来、かつ自民党が真似する
事が出来ない方向性(保守非自民)を打ち建てる事に失敗し
続けている事だと思います。

保守を標榜する人間は数多くいます。ただ保守と言うだけで
無く、改革保守だったり中道保守だったり穏健保守だったり
色々な言葉をくっつけて独自性を打ち出す事に挑戦している
様ですが、日本人の中に保守の人間が何種類もいるわけでは
無く、同じ人間を食い合っているのです。

保守派の人間を取り込もうと思ったときに出来る事の種類は
あまり多くありません。誰もが同じ様な一つの考え方、行動、
見た目の、いわゆる“王道”に収斂していくからです。

保守派の人間が受け入れる事が出来る方向性を打ち出そうと
したとき、もし自民党よりも優れた方向性が見出す事が出来、
打ち出したとしても、自民党は、すぐに真似する事が出来て
しまうでしょう。そうなると政治家が違いを生む要因として
考えられるのは政局くらいでしょう。つまり、政権を握る者
が抱える不備を指摘する人間が相対的に優れて見えると言う
現象です。それさえも突き詰めていくと、最後にはルールを
無視した行動をする人間が一歩先んじる様になるのでしょう。

自民党が現実化不可能な方向性を、自民党には出来ると嘘を
ついて打ち出す事はいとも簡単な事です。嘘に騙される国民
がいるからです。そうなったらもう、考えられる限りの嘘を
つくでしょう。どんな嘘をついても騙されてくれるからです。

人数が多いところに収斂するのです。そこが権力になるから
です。権力の近くに身を置きたいと考える人は多いでしょう。
権力の可能性の最も近いところに、票を投じるのです。

保守を標榜しながらも、新しい方向性を打ち出す事を試みた
人間はこれまで数多くいました。しかしその多くが自民党に
取り込まれて終わりました。自民党に入党した者、自民党の
補完勢力に成り下がった者、自民党には取り込まれなかった
けれども、自民党の補完勢力に取り込まれた者もいました。

自民党に取り込まれると言う事は、自民党が支持母体とする
利権共同体の扉を叩き、仲間に入れてもらう様に頼み込むと
言う事です。そういう人生も、ひとつの生き方だと思います
けれども、恐らく新しい方向性を打ち出す事を試みた当初の
志とは異なるのではないかと思います。

人心の自由が保障された民主主義社会において、考えを持つ
事は自由であるはずです。考えを持つ事が可能であるならば、
誰に遠慮する必要があるのでしょうか。

 

国会会期末、野党は内閣不信任案提出でぐらつき、提出できずに閉会した。「桜を見る会」で野党はまとまりを見せ、120人からの体制で追及したものの、立憲民主党、国民民主党は統一会派以上の関係には戻れず、敵対心ばかりが表面化した。(中略)いずれの党も今の党代表以上の人材がおらず、かといって今がベストとは誰も思えず、党の特段の脱皮の可能性はない。それでは不信任を出して解散されては自身の立場が危ういと保身に走ったと国民に思われても仕方があるまい。(中略)いざ選挙になれば政策協定など関係なく裏での選挙協力は積極的だが、実態は民主党以来の我慢ができない政党の秩序のない議員たちのわがままに翻弄(ほんろう)されるだけだ。(後略)
〈日刊スポーツ 12月10日 (朝刊) 20面〉

いま国民民主党には、党代表から中堅、若手に至る迄、ある
病気が蔓延しています。「大きな固まり」と言う病気です。

国民民主党の平野博文幹事長は7日、(中略)立憲民主党との合流について「立民と一緒に大きな固まりになるという考え方に賛同する」と述べ、前向きに党内で議論を進める考えを示した。
〈日経新聞 12月8日 朝刊 5面〉

思うに、それは自民党と言う組織そのものと何ら変わらない
組織が出来るだけなのではないか、と思うのです。所属する
議員ひとりひとりが選挙区で勝利できる力を持っている組織
なら、他の組織と合流しても、大きく変わらないまま活動を
継続できるのかも知れません
が、いまある緊張関係が、無く
なった途端、堕落して、遅かれ早かれ、自民党と同じ論理で
動く組織が出現するのではないか、と思うのです。自民党と
同じ動機で投票する人間の支持を期待した時点で、その結末
は運命付けられてしまう様に思います。

実は、その結末に期待してか、大手新聞各社が、合流を既定
路線化するべく、一斉に書き立て、外堀を埋めつつあります。

(前略)立民の枝野幸男代表は9日の両院議員総会で、国民民主党などに合流を呼びかけた意図を「(中略)政権を奪取するためだ」と説明した。(中略)出席者から発言はなかった。党内にはリベラル派を中心に、安易に妥協すべきではないとの意見が強い。(中略)安住淳国会対策委員長は記者団に「国民民主は小異を捨て大同につくタイミングだ」と語った。(後略)
〈日経新聞 12月10日 朝刊 4面〉

(前略)立民の枝野代表は6日の党首会談で、合流の返事を「1週間で報告して欲しい」と要求した。(中略)「政党合併という重大な決断をせかすなんて」(国民幹部)と不満も漏れている。
〈読売新聞 12月10日 朝刊 4面〉

(前略)最も解消が難しそうなのが参院における感情のもつれだ。臨時国会では統一会派の人事やどちらの議員が本会議の質問を担当するかなどをめぐり激しく対立した。国民の参院中堅は立民側の対応を「温厚な自分でも腹が立った」と振り返るなど、「信頼醸成」とは程遠いのが現実だ。
〈産経新聞 12月10日 朝刊 5面〉

国民の期待を受けて誕生した旧民主党政権は、鳩山由紀夫元
首相が退陣して以降、外国勢力と通じた利権共同体の工作員
に乗っ取られてしまいました。当初の国民の期待と、政権が
終わってみて残した印象がかけ離れているのは、この為です。

立憲民主党の枝野代表に、悪意はないと思うのですけれども、
若干力不足な面は否めない事と、枝野代表の周囲が外国勢力
と通じた利権共同体の工作員によって、がっちり固められて
いる事とで、身動きが取れず言いなりになってしまっている
のではないかと想像しています。

旧民主党政権当時の工作員(国会議員)は、国民民主党にも
いないわけではないのですが、立憲民主党にいる元工作員は、
がっちり実権を握り、党の運営にいまも影響を及ぼし続けて
いるのです。

鳩山由紀夫元首相の主張の中には細かく見ると同意できない
意見も含まれていますが、政権発足当初に示された与党三党
による「三党連立政権合意書」(2009年9月9日)に含まれて
いた内容は、不完全ではあるものの、十年経ったいま改めて
見返しても色褪せていない意欲的な内容だったのではないか
と思います。

ところが、この流れを逆回しして元に戻したのが、菅直人元
首相であり、更に深化させたのが、野田佳彦元首相でした。

Wikipediaの菅直人の項には次の様な説明があります。

就任してまもなく自由民主党の案を参考にして消費税増税(およびそれを財源にした法人税減税)を含む税制改革を打ちだしたため、中小企業や自営業者を切り捨てるものであるとの批判を浴び、発言が二転三転した[43]。この影響もあってか、7月11日投開票の第22回参議院議員通常選挙で、民主党の獲得議席は現有の54議席を大きく下回る44議席にとどまった。この結果、参議院で過半数を失うねじれ状態にとなり、菅の党内における求心力は低下した。

出典43. 斎藤貴男『消費税のカラクリ』講談社

〈Wikipedia 菅直人〉

野田佳彦元首相の時代に策定された、日本再生の基本戦略に
掲げられた項目を見ると、いま目の前に居座る政権そのもの
ではないかと、目を疑う内容が含まれているのです。

自民党は旧民主党政権の打ち出した方向性に反対する主張を
して政権の座に返り咲きましたが、政権運営が始まった後は
選挙で主張した内容は無視して、次々と強行採決を繰り返す
様になっていったのはご存知の通りかと思います。

鳩山由紀夫元首相が退陣して以降における、旧民主党政権の
総理大臣や閣僚も、自民党政権の総理大臣や閣僚も、ただの
飾りで、裏で操っている人間がいると言う事なのです。

工作員である国会議員は、所属する政党に合わせて、有権者
に聞こえがいい主張をしていますが、それは仮の姿に過ぎず、
選挙が終わって政権運営・政党運営が始まると利権共同体の
指示に従って行動するようになるのです。

政党における組織の長が工作員そのものの場合もありますが
組織の長を補佐する役割に就いてがっちり固める場合もあり
ます。組織の長に悪意が無かったとしても、補佐する役割の
人間が骨抜きにして、利権共同体にとって都合の良い方向に
書き換えてしまうのです。

工作員による不審な動きを見抜く能力が不足している状態で
離散した工作員の再結集を許したら、利権共同体のやりたい
放題になる事は間違いないでしょう。

立憲民主党は綺麗で整った見た目とは裏腹に、やり方の実態
は、姑息でえげつないと思います。高尚な呼びかけに各界の
優秀な人材が集い、選挙に臨んでみたものの、正に立憲民主
党に相応しいと思える目玉候補ほど、当選出来ませんでした。
立憲民主党を中心で動かす人間が、その程度でしか無かった
と言う事の現れだと思います。

立憲民主党の議員は、目立つところは一生懸命仕事して主張
するけれども、支持者が困っている事が解決せず、為政者に
便利に利用されて終わる様な、ザルな結果ばかり出している
様に思います。

先日の参院選において、候補者本人の名誉に配慮して誰とは
言いませんが、数合わせにしかならない様に見える候補者が
見受けられました。いまからでも政見放送を見返すと惨状の
一端が理解出来るのではないかと思います。もちろん、枝野
代表を含め立憲民主党の人間は、選挙戦を戦えると判断した
のでしょう。

「小異を捨て大同につく」誘いが、危険な誘いである事に気
付かなければなりません。小異を捨てた大きな固まりが出来
たら、茶番に組み込まれて止められなくなるでしょう。

 
posted by miraclestar at 01:00 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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