2020年07月17日

立憲民主党所属議員は自信を持つ事が出来ないのでしょうか

野党、特に第一党の立憲民主党は、与党の批判をするだけで、
建設的な議論を進めようとする姿勢を見せない。


これは、与党に肩入れをする言論人から良く出て来る批判だ
と思います。この様な批判を見て、賛同する国民の間からも
同様の批判の声があがり、立憲民主党の所属議員は、新聞と
SNSの両面から、集中砲火を浴びているのかも知れません。

しかし、妥協のない批判を続ける事こそ「立憲主義に基づく
ボトムアップの政治」の正道とも言える行動であり、自信を
失う必要等まったくない、とは誰も言わないのでしょうか。

実は、昨年行われた参院選前に、立憲民主党に関して書いた
文章があったのですが、立憲民主党が擁立した候補者を見て、
「時期尚早、いまはやめておこう」と思って消去したのです。

いまも「時期尚早」と判断したときと同じ横やりの声は依然
残っており、懸念は消えないのですが、変化への期待を込め、
いま世に問うてみる事に決めました。

立憲主義とは、何も憲法に限った話ではありません。憲法が
立憲主義が最も明晰に現れる理想空間である事には、間違い
ないのですが、もっと日常の議員活動の中で普段から使って
いく考え方として、援用していく事が可能なのです。

ここから先は、意図した目的以外へ盗用される可能性がある
為、詳しい説明は控えさせていただきます。

立憲民主党・国民民主党、両党の公式発表によると、新党を
結成するやり方での合流が議論されている様ですね。やり方
を変えたからと言って、過去の考え方に戻るだけの数合わせ
を積み重ねても、期待は集まらないのではないかと思います。

立憲民主党がいま既に国民の期待を集める程の顕著な活躍を
しているならまだわかりますが、お世辞でもそう言えません。
寄せ集めで規模だけ拡大しても、質は低下する一方でしょう。

実際に、立憲側から国民側へ渡されたと言う5項目の提案文書
を確認してみると、手続き上の功利を弄する脱法的なやり方
(比例復活した議員は党の移籍に制約がある)からはじまり、
「民主党」と言う過去の成功体験への回帰を目論む内容まで
含まれていて、国民に共感を広げる内容と言うよりは、立憲
幹部の自己満足とも受け取れる内容である事がわかります。

枝野代表は「苦渋の判断」と言いますが「良さそうな方向性
だから進んでしまえ」と言う“神頼み的判断”で前進してし
まえば、致命的な痛手を負う事になるのではないでしょうか。

 
posted by miraclestar at 00:00 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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