2022年01月22日

法人税増税の可能性

先日父親と、持論でもある「法人税増税の可能性」について、
論争になった事がありました。父親は、十年以上前に定年と
なり、既に退職していますが、ある民間の、いわゆる大企業
で研究職をしていました。そこで「法人税増税となった場合、
企業にとって困る事は何か具体的にあるのか」について、か
なり踏み込んで問い詰める場面がありました。自分が父親に、
仕事内容について質問するのは、生まれて初めての事でした。

父親の世代はどうやら「法人税で企業が優遇されるのは当然」
と思っている様ですが、新参者の自分は「企業活動に必要と
認められるあらゆるお金は、税金計算の対象から除外出来る
のに、どうして、法人税を増税したらいけないのか」と言う
素朴な疑問がありました。そこから出てきた実態は、素人の
自分にとって、驚きの連続となるものばかりでした。

個人の会計である“家計”の場合、「収入そのものに一定の
割合等で課税された後、その中から食費や光熱費、住居費等、
支払っていく」事になります。一方法人の会計では、「収入
から『企業活動に必要と認められるあらゆるお金』を除外し
たものに一定の割合等で課税される」事になります。個人が
課税後のお金の中から支払っている支出の多くは、法人では
税金計算の対象から除外出来、「税金を支払っていないお金
である、と考えて良いのではないかと思います。

素人の自分にとって特に驚きだった事は、「広告費も『税金
を支払っていないお金
』である」と言う事でした。生活感覚
から言って、新聞広告や電柱広告にお金がかかる事は分かり
ます。街の店舗がこれら広告を出稿すれば、それが、「企業
活動に必要なお金」である事は、素直に理解出来ます。とこ
ろが、父親が言うところによると「世の中のあらゆる広告費
は、『企業活動に必要なお金』であり、『税金を支払ってい
ないお金
』である」と言う事でした。

どこ迄本当なのか、実態把握は進んでいませんが、この説に
よると、「個人が地味な生活を強いられ、限界迄搾られる一
方で、法人関係者は、『税金を支払っていないお金』で年中
お祭り騒ぎやりたい放題である」のではないかと思います。

知り合いに企業会計の実務を知っている者がおらず、本当の
ところは確認出来ていませんが「企業の名前を背負って活動
するスポーツチームにかかるお金も『税金を支払っていない
お金
』である」と言う事でした。公認会計士の勉強をした事
がある者が言うところによると「毎年元旦に放送される駅伝
に出場するチームにかかるお金も『税金を支払っていないお
』として認められている可能性が高い」と言う事でした。

 
posted by miraclestar at 06:00 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

個人の力では抗い切れない強大な力

「おまえは育ちがいいからか、言っている事に現実味が無い
んだ」と言う父親の言葉は、なかなか味わい深い言葉です。

「おまえは育ちがいい」の原因は父親にあります。

おかげさまで、たくさんの教育に触れる機会に恵まれました。
その代わり失った自由もありました。自分が“成功者”だと
思っていた、自己啓発本の著者やセミナー等に呼ばれていた
有名人が語っていた“成功への道筋”を、自分の様な人間が
実行しようとしたとき何が起きるか、個人の力では抗い切れ
ない強大な力に巻き込まれる事も経験しました。

自分の様な人間は、必ずしも少数と言う訳ではない、とは思
うのですけど、父親の世代が決めた枠に反対する考えを持ち、
行動迄起こす人間は極めて少数なのではないかと思うところ
があります。困難な状況の中で自分の様な人間は、少数派と
して、ただ黙ったまま父親の世代が決めた枠に従って生きる
しかないのでしょうか。

 
posted by miraclestar at 02:00 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

職業選択の限られた選択肢

先日父親に、「おまえは育ちがいいからか、言っている事に
現実味が無いんだ」とバカにされた事がありました。

家庭環境によって、子どもの選択肢が狭められる事が問題視
されますが、“育ちがいい子ども”が必ずしも自由な人生を
送れる訳ではありません。

“育ちがいい子ども”は、何にでもなれる様に見えて、限ら
れた選択肢の中で、“育ちがいい子ども”なりの人生を送る
しかありません。はた目から見ると、羨ましい生活かも知れ
ませんが、自由ではありません。

もしかしたら、使えるお金は他の人より多いかも知れません。
その結果として、行動の選択肢は多くなるのかも知れません。
しかし、それに比例して監視の目に縛られる事に、どの位の
人が気付いているでしょうか。

“育ちがいい子ども”は、職業選択の幅に、自由がある様に
見えて、実際は、限られたいくつかの選択肢しかありません。
監視の目が“いい育ち”に相応しい職業を要求するからです。
無理に外れた事をすれば「何でここにいるんだ」と集中砲火
を受ける事になりますし、場合によっては、ひどい目に遭う
事もあります。

“いい育ち”に相応しい職業だけしか選択出来ない人生とは、
果たして、幸せな人生でしょうか。“いい育ち”に相応しい
職業なら、使えるお金は他の人よりも多く貰えるでしょうし、
その結果として、行動の選択肢は多くなるでしょう。

ところで、“いい育ち”に相応しい職業は、どうしてお金が
他の人よりも多く貰えるのでしょうか。それは、組織の命運
を左右する上流の仕事が回ってくるからではないでしょうか。

上流の仕事が楽しめる間は、幸せな人生なのかも知れません。
職種によっては、ある程度の裁量もあるのでしょう。しかし、
組織の部品として動く以上、遠くの誰かが決めた枠から外れ
た事は出来ません。

遠くの誰かが決めた枠が、自分でも納得出来るものだったら
良いかも知れませんが、そうでなかったらどうなりますか。

 
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posted by miraclestar at 01:00 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする