2021年04月28日

若さだけで空を飛べる時代

若さだけで空を飛べる時代と言うものが、恐らくほとんどの
人にあるのではないかと思います。若さと言う属性が多くの
大人達の期待を集め、大人達の協力が得られるからです。

しかし、若さだけで空を飛べる時代と言うものは、永遠では
ありません。いつか終わるときが来ます。そのとき、どんな
運命が待ち受けているか、ご存知でしょうか。

昔のすべてが良かったとは言えないかも知れませんが、昔は
仕事がありました。少なくとも食うに困らない、それでいて
続ける事の出来る仕事が、探せばあったのです。

いまも仕事が無いわけでは無い、と思う人は、昔あった仕事
からいまある仕事への変化を知らない人だと思います。他人
より秀でた点の無い者が得る事の出来る仕事は、劣化の一途
を辿っています。

昔は、そこそこの豊かさを得る事の出来る仕事が、たくさん
ありました。ところが、労働者が受け取るはずのささやかな
豊かさをすり潰して、経営者の取り分に付け替える制度変更
が、次々と行われていったのです。

分かりやすい典型的な制度変更の事例は、正社員と言う立場
から、派遣社員と言う立場への置き換えでしょう。派遣労働
の対象業務が、経営者の一方的な都合によって、次々と拡大
されていきました。

 

2月1日に起きたミャンマー国軍のクーデター以降、遥か東南
アジア向こう端にある国土では、平穏な風景が一変しました。

この事態にミャンマー国民は国際社会へ向け惨状を訴えると
ともに、日本にいるミャンマー人はミャンマーへの国際支援
でミャンマー国軍ともつながりがあるいまの日本政府に行動
を求めてデモ活動を展開している様です。しかし残念ながら、
馬の耳に念仏でしょう。ミャンマー人の皆様は、日本政府が、
日本国民を、力で抑えつけ場合によっては殺害し諦めさせる
事で体制を維持して来た事実をご存じでは無いのでしょうか。

戦後この様なやり方が行われた顕著な、そして恐らく最初の
事例は、いわゆる安保闘争の幕引きにあったのではないかと
思います。闘争の盛り上がりが最高潮に達していた頃、それ
迄死者が一人も出ていなかったところに、東大の女子学生で、
闘争の最初の犠牲者が発生する事件が起きました。いまから
考えれば、ものすごく慎重に行われていたデモ活動だったと
言えるのかも知れませんが、当時としてはそれを節目として、
統制された新聞各社が「暴力反対」を一斉に書き立て、闘争
への支持や関心が急速に失われてしまったのです。このとき、
秘密工作員が日本政府と対立していた闘争組織に活動資金を
提供していた事実があった様です。この事例は、実にうまく
いき、大成功だったと言えるでしょう。

いまの日本政府が初めて大規模に日本国民を殺めたのは1985
年の夏、8月12日の事だと思います。あの日の夜、日本政府は、
自衛隊を使って国産技術の開発者や良心のある経済人を含む
五百人を超える日本国民を、火炎放射器で焼き払いました。

航空機の燃料として使われているのは、いわゆる灯油であり、
危険物の持ち込みが規制された航空機内においては灯油以外
の可燃物が存在しているはずが無いのですが、黒く焼け焦げ
た遺体からは、灯油には含まれておらず火炎放射器の燃料に
含まれている成分が検出されています。他にもVX等、致死性
の毒ガス成分等も検出されています。

これだけの物証が出ているにもかかわらず、表沙汰になる事
はありません。新聞やテレビ等の報道機関は統制されており、
いまも毎年嘘の上塗りを重ねています。恐らくこの話に興味
を持つ人間がいたら、秘密工作員による圧力を受ける運命が
待ち受けているのではないかと思います。

 
posted by miraclestar at 23:00 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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