2021年08月29日

関西進出の思い出

自分にとって、関西進出の思い出と言えば、いまから七年前、
2014年に、自ら発案したやり方を引っ提げて守口市、門真市、
寝屋川市、枚方市、そして交野市の京阪線沿線と同じ地域の
学研都市線沿線にお邪魔した事もありましたが、それよりも
さらに五年前、2009年夏に、お邪魔した事もありました。

当時関わっていた仲間が、大阪市の中央公会堂に人を集めて
イベントを開催すると言う事で、広報と集客に協力する事に
なったのです。

とは言うものの、同じ年の春に会社勤めを辞め活動を始めた
ばかりの素人だったため、戦力にはならず、主に人海戦術の
実動部隊を担い、空いた時間には見よう見まねで仲間と同じ
活動をやりましたが、練習的な事をするのが精一杯でした。

人海戦術の主な活動はチラシ配りとポスター張りで、会場の
周囲にある飲食店や商店に飛び込み営業をして、ポスターを
張らせてもらったり、チラシを置かせてもらったりしました。

大阪と言えばもっと広い街ではあるのですが、会場のあった
中之島から南の一帯が自分にとって主な活動場所でした。

大阪には、拠点となる事務所があり、大阪で活動する仲間は
そこを中心として日常的な活動を行っているのですが、自分
はイベントに合わせた応援要員に過ぎなかったので、直前の
限られた期間、広いとは言えない範囲に限った活動でした。

目標は会場を満杯にする事、実際の集客は半分強でした。

戦力にならなかった人間が言うのも難ですが、力不足を感じ
ました。悔しさがありました。大阪は大きな街でした。短い
期間かじりついただけで、すべてが分かるはずもありません。

 

そのとき以来、大阪で開催されるイベントに関わっておらず、
目立った動きが出来ないまま、十年以上のときが経ちました。
その間隙を突く様にして、大阪ではまったく別の政治勢力が
勢力を伸ばしてしまいました。

短い期間かじりついただけで、大阪のすべてが分かるはずも
ありません。とは言うものの、やつらが自分や当時イベント
を開催していた仲間とはまったく異なる考え方を持っている
事は分かります。

やつらの言う未来社会にあなたの名前はありません。これは、
はっきり言う事が出来ます。お金を持った人間がやって来て、
あなたの代わりに、あなたが築いた財産や商売道具を、二束
三文で買い叩いていく仕組みが、つぎつぎつくられています。

しかも、「健全な世代交代を促す」と言う話ではありません。
表向きその様な雰囲気を装っているかも知れませんが実際は
国境を超えてやってきた人間に買い叩かせようとしています。

それを、経済だ、成長だ、と言っているのです。

 
posted by miraclestar at 20:00 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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