2022年05月08日

異性とみる事が出来る年齢差の上限が24年である理由

今回は、「知る必要は無いけど、知れば面白いのではないか」
と思える内容を記事にしたいと思います。

自分にとって、どのくらい年下まで異性とみる事が出来るか、
の上限は、24年にあるのではないか、と思います。何故24年
なのかについて明らかにしたいと思います。24年と言う数字
は意図して決めた数字ではありません。実際に24年以上年下
の人を異性とみる事が出来るか、想像してみたところ、無理
な感じがしたので、この感覚はどこから来るのだろうと思索
を巡らせて出て来た後付けの説明です。とは言え、合理性は
あり、あえて否定する必要性は無いと思っています。

人生をかけて何かを成し遂げる為には、パートナーが必要に
なります。パートナーの数で安定する数は、1, 2, 4, 6, 10
がありますが、いまの社会の中で安定した基盤と自由を得る
為には10人が必要だと思います。10人のパートナーは奥さん
である必要は無いと思います。それぞれの人生の現在地に合
わせて色々な選択肢があると思います。

自分には、核となる関係性のパートナーが10人います。その
中で、絶対に揺るがない関係性のパートナーが一人います。

社会が安定していて、一人の奥さんを得ることが出来た人は、
その人を大切にすれば良いと思います。自分の場合は、一人
の奥さんを得る為に、10人の核となる関係性のパートナーと、
準じる関係性のパートナーが必要でした。

ここで、10人の核となる関係性のパートナーや準じる関係性
のパートナーと関係を構築する為に、工夫が必要な事があり
ます。それは、10人を超えるパートナーをどうやって違った
存在として認識するか、と言う問題です。

1対1で構築するパートナー関係の場合、自分の身体を境界線
として、その中と外が区別出来れば充分でした。それが1対多
となると、自分の身体を境界線として、区別出来るだけでは
不充分です。

この問題に対応する工夫無しに、無理矢理1対多の関係を構築
しようとすると、色々な問題が起きます。本来、自分の身体
を境界線として区別出来るだけの人間は、ひとりの相手とし
か関係を構築出来ないはずの存在です。時期をずらせば多数
の相手と関係を構築出来るかも知れませんが、同時にやろう
とすれば混ざってしまうでしょう。

ここで必要になってくる工夫とは、境界線の外にある存在を
10人を超える違った存在として認識する為の安定的な枠組み
を持つ事です。

自分にとって、どのくらい年下まで異性とみる事が出来るか、
の上限が24年である理由は、この「枠組み」のひとつが認識
出来る範囲の上限が24年だからです。

例えば、1から16(2の4乗)迄の数字しか知らない人間がいた
としましょう。その人間は16個迄の存在を違った存在として
認識する能力があります。ひとつの番地に20戸の家が建って
いたとしたら、そのうち目に入った16戸の家だけ同時に認識
出来る事になります。これは空想の話ではなくて、数十年前
には1から256(2の8乗,実際は0から255,以下同様)迄の数字
しか認識出来ない計算回路(8ビットコンピュータ)が最先端
だった時代がありました。

次の時代に主流となった1から65536(2の16乗)迄の数字しか
認識出来ない計算回路(16ビットコンピュータ)では、盛り
上がる計算の需要に対して、64kbytes(1kbyte = 1,024bytes)
の記憶領域しか持てない制約が問題になりました。この問題
に対処する為、64kbytesの枠を移動させて64kbytesを超える
記憶領域にアクセスする仕組みが導入されました。この仕組
みは次の主流(32ビットコンピュータ)が登場してもソフト
ウエア上には残り、しばらく足を引っ張りました。

現在の主流は1から4294967296(2の32乗)迄の数字しか認識
出来ない計算回路(32ビットコンピュータ)で、事務処理を
する分には実用上の問題は無く、長い間主流の座にあります。
ただし、動画編集やゲームをする場合は、処理速度や4Gbytes
の壁が問題になる事があります。

自分が持つ「枠組み」のひとつが認識出来る範囲の上限が24
年である事の背景には、現在主流の時間の体系に24が含まれ
ている事が関係しているのは間違いないと思います。

もちろん、コンピュータがビット数を増やしたり、枠を移動
させる仕組みを導入したりしたのと同様に「枠組み」を拡張
する事は可能かも知れません。しかし、自分はそこ迄の拡大
は望まないと言うところに落ち着いていると言う事です。

 

これから記す内容は、自分独自の研究に基づく自説です。世
の中には、同じ事象を異なる切り口で解釈した別の説が既に
出回っており、一定の支持を集めている現実があります。

自説と世の中に出回っている別の説と、どちらが正しいのか、
事象がいまを生きる個人や法人に直接かかわる個別具体的な
事象で争いの元になっているのであれば、裁判で白黒つける
のかも知れませんが、これはそうではなくて、歴史的事象を
どう捉えてどう行動するかの問題である為、詳しく検証すれ
ば、「より妥当性がある」程度の見解は得られるのかも知れ
ませんが、大筋では交わる事無く時間が過ぎ、長い間、白黒
つく事は無いのではないかと思います。

世の中に出回っている別の説とは、かつて自分が信頼を置き
流布していた説でもあります。その説は、かつて行動を共に
して、いまでは距離を置く様になった当時の仲間がいまでも
流布しているのだろうと思います。

件の歴史的事象とは、坂本龍馬が道筋をつけたとされる明治
維新に関するものです。幕藩体制が弱体化していった幕末期、
土佐藩を脱藩し、誰も想像していなかった藩同士の同盟関係
を取り持ち、旧体制に代わる政治体制を打ち立てようとしま
した。ところが坂本龍馬はその途中で暗殺されてしまいます。

そこで、直近の現代を幕末期になぞらえ、坂本龍馬の行動を
手本として示しながら、その後の明治維新を成功体験として
礼讃する言説が登場しました。

その言説は、動画にまとめられ、流布されていました。その
言説を含む主張を引っ提げて全国四カ所を回る一連の講演会
も開催されていました。

その先の主張の是非については、ここでは扱う事はしません
が、その言説の是非については、大枠に隠れてみえない側面
がある事が分かりました。

坂本龍馬の行動に手本としての価値があるかどうかについて、
争うつもりは無いのですが、その後の明治維新が正しい出来
事だったのか、おおいに疑問があります。

多くの日本人が騙されている重要な点なので丁寧にいきます。

坂本龍馬の行動が突出していて美談として語られる事が多く、
坂本龍馬がかかわった出来事も美しいものとして捉える方も
多いのかも知れませんが、ここに間違いがあります。

坂本龍馬がかかわった藩同士の同盟関係が具現化した歴史的
事実が残っており、しかも旧体制に代わる政治体制が実際に
打ち立てられたので、坂本龍馬の行動が美談であった延長線
で、その後の政治体制も美しくて正しい出来事であるかの様
に思えてしまうかも知れませんが、違います。

坂本龍馬は暗殺されてしまいました。そこから代わりの政治
体制が打ち立てられる迄の過程が語られるところをみる事は
あまりありませんが、多くの人は、生き残った人が坂本龍馬
の遺志を引き継いで、当人が構想した通りの体制構築を成し
遂げた、と性善説的に自動補間して理解しているのではない
でしょうか。

 
posted by miraclestar at 21:00 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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